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カテゴリ:Nonsense*( 13 )

情報化社会は圧縮された情報が溢れた社会

情報を圧縮する作業は人間でなくてもできるかもしれないが、
情報を解凍(解釈)する作業はその人間当人の価値観で当人にしかできない

圧縮された2次元の情報と、圧縮前のリアルなn次元のもの、どちらが豊かだろうか?

情報解釈アドバイザーとして、コンサルタント、コンシェルジェ等が今後一般人の生活
にも一層広まっていくのだと思うが、そういったサービスはあくまでも情報の上澄みを
すくう程度に過ぎないと思う

情報を目一杯解凍できる脳内想像スペースを広く持っていたい
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by hiroscene | 2007-10-28 05:02 | Nonsense* | Trackback | Comments(0)

実感

機械的な理性

動物的な衝動
の中間に
実感というものが存在すると思う

そして、それこそ人間だけが持ちうるものなのではないだろうか
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by hiroscene | 2007-05-04 00:58 | Nonsense* | Trackback | Comments(2)

ミクロにマクロを見出し、マクロにミクロを見出す。

コアに混沌を見出し、混沌にコアを見出す。
とかも程近い内容かも。

一つにフォーカスしていくと、
  それは結局一つが内包されている全てにフォーカスする事になる。
また、全てにフォーカスしていくと、
  それは結局全てを内包する一つにフォーカスする事になる。

わんふぉあおーる、おーるふぉあわん。ですよ。
 (出所は違うが、結果的に繋がっている)
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by hiroscene | 2007-02-04 15:51 | Nonsense* | Trackback | Comments(0)

かけがえのない感覚に素直に

感覚、気持ちはその人の中では絶対的なもの 制御することは難しい
快を感じようともがくことなく、不快を無理に押さえつけようとせずに
生まれるものは生まれるのだから

快が生まれやすい環境、不快を感じにくい環境に自らを置くなり構築することで
かけがえのない感覚、気持ちを保てるだろう
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by hiroscene | 2006-09-11 23:34 | Nonsense* | Trackback | Comments(0)

平和に必要なのは?

愛、という名目で仲違いが起き、犯罪が起き、そして戦争が起こる
わかりあえないことをわかりあえるはずだという思い込みが一層わかりあえなくさせている

平和は、わかりあえないことを素直にわかりあえないこととして、認めることでもたらされる
ものなのかもしれない
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by hiroscene | 2006-09-11 23:10 | Nonsense* | Trackback | Comments(0)

読書で自分の世界観が見得る

映像よりも圧倒的に情報量の少ない活字から、自分のフィルターを通して世界を投影する
読書という作業によって、自分の世界観を確認、そして想像することで世界観を拡張する
ことができる

違う人が読めば言うまでもなく、同じ人が同じ本でも、
きっと読む時期によって投影される世界が違ってくる
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by hiroscene | 2006-08-20 13:48 | Nonsense* | Trackback | Comments(2)

個性はその人の幸せ観のコラボレーション

人は自らの幸せ観に基づき、求めるもの、向かっていく方向が変わる

人の幸せ観はきっと一つではなく、複数のベクトルを持っていると思う
(少なくとも自分はそう)

今の自分の個性は、幸せ観のベクトルを合成したベクトルになっていると実感する
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by hiroscene | 2005-05-28 12:01 | Nonsense* | Trackback | Comments(0)

スピード時代こそ長期展望が大切

最先端の先には常に展望が必要になる


スピードに追いつこうとストレスを溜めながら労力を使うこと

長期的な展望を大きく思い描くこと、イメージ・ヴィジョンを持つこと
(もちろんそれを遂行すること)に生き生きと取り組むこと


僕は後者を選択していきたい
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by hiroscene | 2005-05-28 11:56 | Nonsense* | Trackback | Comments(0)

豊かに生きるには

ある程度の知識(情報、バックグラウンド)



論理的な思考

は欠かせない。

感性だけでその場限りに終わってしまうのは豊かでないと思う。
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by hiroscene | 2005-04-04 00:43 | Nonsense* | Trackback | Comments(0)

曲はマクロに、音質はミクロに。

曲と音質を分けることがナンセンスと捉えられる意見は理解した上で、
ステキな音楽において音質はとても重要な要素です。

■音質はミクロ(繊細)に
・高音質で表現の幅が広がる
・環境に大きく依存しない音の必要性
 (環境で音があまりに変わる(ある周波数帯域が出過ぎると
  耳障りになる)はどうかと)

が、音質を追求するがあまり(極端に意図された音響系でない限り)

ラジカセ等で聴くとしょぼい(音楽としてしょぼい)

このようなことにならないように、

■曲はマクロ(広く、太く)に
・1曲(1つの流れ)として音の時間的、周波数的な密度の分布、バランス
※乱暴に言うと、リズムとコード・メロディのバランス


音楽製作を初めて、音質について意識が高まりつつある今日この頃。
しかしあくまで、ステキな音楽は、技術・ノウハウで作られるものではなく、
ステキな感覚抜きには作ることはできない。
(もちろん、ステキな感覚を表現するのに、優れた技術・ノウハウは欠かせないが)
(今現在思うに、曲のマクロな部分は感覚が、ミクロな部分は技術・ノウハウ
が要求される割合が大きいのかなと思います)

曲はマクロに、音質はミクロに。
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by hiroscene | 2005-02-24 00:35 | Nonsense* | Trackback | Comments(0)